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磐余稚桜宮伝承地

「桜井」の名を生んだ雅やかな伝説

記紀によりますと、第十七代履中天皇は、各地に国司や国史を置き、諸国に意向を広く伝えるとともに、諸国の記録を残すようにするなど、国の仕組みを整え国家を安定させようとしたと記されています。また、磐余池を造ったとされる一方、磐余市磯池で船遊びをしていると、杯に季節はずれの桜の花びらが舞い落ちたことから、宮名を磐余稚桜宮としたとされています。この説話にまつわって、桜樹を等弥郷の清水の湧き出る泉のほとりに植えたという伝説があり、「桜の井戸」、桜井の地名の起こりにもなっています。

記紀万葉の物語(履中天皇の条)

※記紀とは、奈良時代(AD.710~AD.794)に編纂された『古事記』『日本書記』のことを指し、日本の神話や歴史を伝えている日本で現存する最古の重要な歴史書である。