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平成15年度速報展

『平成14年度発掘調査速報展』

平成15年6月11日(水)~9月28日(日) 桜井市立埋蔵文化財センター
一夏季企画展「平成14年度発掘調査速報展」解説書 より抜粋- 2003年6月

1.はじめに

桜井市立埋蔵文化財センターが開設されて今年で15年目を迎えることになりました。桜井市内には纒向(まきむく)遺跡や上之宮遺跡など全国的にも注目される遺跡が多く存在し、長年にわたる発掘調査では数多くの重要な成果が得られています。
当センターではこうした発掘調査成果を紹介し、市民の方々に埋蔵文化財に対する理解を深めていただくことを目的として、出土遺物や写真の展示をおこなってきました。

今回の展示では、平成14年度に桜井市立埋蔵文化財センターが実施した発掘調査の成果について紹介しています。昨年度の調査ということもあり、整理途中の遺物が多く全てを紹介することはできませんが、この地域の歴史を理解する上での資料として役立てていただければ幸いに思います。

平成14年度発掘調査地

  1. 大藤原京関連遺跡第38次
  2. 城島(しきしま)遺跡第28次
  3. 纒向遺跡第129次
  4. 纒向遺跡第130次
  5. 三輪松ノ本遺跡第2次
  6. 赤尾崩谷(くずれだに)古墳群
  7. 城島遺跡第29次
  8. 吉備池遺跡第13次
  9. 桜井公園遺跡群第5次(双築(なみつき)古墳群)
  10. 大藤原京関連遺跡第39次
  11. 城島遺跡第30次
  12. 三輪松之本遺跡第3次
  13. 出雲遺跡第2次
  14. 赤尾熊ケ谷古墳群
  15. 大藤原京関連遺跡第40次
  16. 安倍寺遺跡第12次
  17. 城島遺跡第31次
  18. 纒向遺跡第131次
  19. 箕倉山遺跡第3次
  20. 大藤原京関連遺跡第41次
  21. 慈恩寺遺跡第2次
  22. 纒向遺跡第132次
  23. 谷遺跡第17次
  24. 上之庄遺跡第7次
  25. 纒向遺跡第133次
  26. 磐余(いわれ)遺跡群第5次
  27. 纒向遺跡第134次
  28. 上之庄遺跡第8次
  29. 安倍寺遺跡第13次
  30. 上之庄遺跡第15次
  31. 上之庄遺跡第16次

2.発掘調査の成果

(1)纒向(まきむく)遺跡の調査

纒向遺跡では6件の調査が行なわれました。いずれも小規模な調査でしたが、幾つかの重要な成果が得られました。
130次調査では纒向遺跡では珍しい縄文時代後期の遺構が確認されました。
132次調査では谷状の地形と井戸状の遺構が確認され、古墳時代初頭~前期の土器や木製品が出土しています。
太田集落内で行われた134次調査では底部に礫を充填した古墳時代前期の土坑が確認され、土師器が検出されました。

縄文時代後期の遺構の写真

詳しくは発掘調査報告(180回~189回)ページの発掘調査現場から(185回)纒向遺跡で縄文時代の遺構を確認をご覧ください。

発掘調査報告(180回~189回)

(2)上之庄遺跡の調査

中和幹線に面した北側の2ケ所(7次・8次)で発掘調査が行われました。
7次調査では、古墳時代後期~飛鳥時代の溝、縄文時代の旧流路などを検出したほか、条里制に伴う里境溝(りざかいみぞ)・素堀溝を確認しました。
8次調査では、飛鳥時代の柱列が検出され、うち1基の柱穴には土師器鍋が完全な形のまま埋められていました。他に古墳時代後期~飛鳥時代の溝からは、土器や管玉、刀子とともにガラス小玉の鋳型が出土しました。

(3)安倍寺遺跡の調査

安倍寺遺跡は、安倍山丘陵西麓から西方の低地部に展開し、「安倍寺」を建立した古代豪族・阿倍氏の本拠地と考えられている遺跡です。
第12次調査では、6世紀後半の「阿倍山田道」の一部に推定される石敷と石組溝や5棟の竪穴住居が建て替えられている状況を確認しました。
第13次調査においても、多数の柱穴群や土坑が見つかっています。5世紀代の土坑からは、主に宮殿や豪族居館から出土する製塩土器がまとまって出土しており、付近に中心部となった居館遺構が存在する可能性が高くなりました。

安倍寺遺跡の調査の写真

詳しくは発掘調査報告(180回~189回)、発掘調査報告(190回~193回)ページの発掘調査現場から(安倍寺遺跡第13次調査、安倍寺遺跡の調査(その1)、安倍寺遺跡の調査(その2)をご覧ください。

発掘調査報告(190回~199回)

発掘調査報告(180回~189回)

(4)上之宮遺跡の調査

上之宮遺跡は、安倍山丘陵の東部、寺川左岸の河岸段丘上に立地します。聖徳太子が幼少期を過ごした「上宮(かみつみや)」の候補地の一つに挙げられる遺跡です。
15次・16次調査では、6~7世紀代の170基以上もの柱穴群のほか、7世紀前半に沼地状の落ち込みを埋め立てて造られた石敷や、円形に復元される池状遺構を検出しました。先年に発見された「園池遺構」の廃絶後、新たに造営された庭園跡であると考えられます。

(5)赤尾熊ケ谷古墳群の調査

赤尾熊ケ谷古墳群は、市内中央に位置する鳥見山の北東に派生する、標高125メートルの尾根上に所在します。平成14年9月2日~12月14日にかけて発掘調査を行った結果、方墳3基、円墳1基、土壙(どこう)墓などを確認しました。
そのうち2号墳は東西15メートル×南北16メートルの方墳で、埋葬施設から内行花文鏡・翡翠(ひすい)製勾玉・碧玉(へきぎょく)製勾玉・ガラス製小玉などの玉類、やりがんな・槍・斧・鏃・鎌などの鉄製品が出土しました。2号墳が築造された4世紀前半は纒向遺跡の周辺に政権中枢があったとされる時期で、被葬者は政権勢力に直接的に参画しうる立場にあった首長クラスの人物であると推定されます。
また3号墳は5世紀初頭に築造された方墳で、割竹形木棺を直葬した埋葬施設からは碧玉製の勾玉・瑠璃(めのう)製の勾玉・ガラス製小玉・滑石製臼玉・銀製空玉(うつろだま)などの豊富な玉類や鉄剣・鉄刀が出土しました。また墳丘には円筒・鶏形埴輪が立てられていたようです。円筒埴輪に線刻されたものと、類似する記号が桜井市池之内の小立(こだち)古墳(5世紀中頃)出土の埴輪にも刻まれていました。

仿製鏡の写真

詳しくは発掘調査報告(190回~199回)ページの発掘調査現場から(194回)赤尾熊ヶ谷古墳群の調査をご覧ください。

発掘調査報告(190回~199回)

(6)桜井公園遺跡群の調査

桜井市街地のすぐ南側の、安倍山丘陵にある桜井公園内において、桜井公園遺跡群第5次調査が実施されました。
丘陵の北側斜面の調査区では弥生時代後期の土器が出土し、丘陵北端部の尾根上の調査区では古墳時代前期と後期の円墳と、その周辺につくられた埋葬施設で構成される双築(なみつき)古墳群の存在が明らかになりました。
双築古墳(双築1号墳)は直径30メートル程度の円墳と考えられ、墳丘上からは埴輪片が出土しています。墳頂部につくられた中心主体部は粘土槨(かく)で、木棺内からは鉄器や玉類が検出されました。双築古墳墳丘の周辺では古墳時代後期に属する竪穴式石室が3基確認され、鉄釘や銀製耳環が出土しています。
桜井市城には古墳時代前期前半までの大型古墳は存在しますが、双築古墳がつくられる古墳時代前期後半の古墳はいずれも20メートル程度の中小規模のものです。双築古墳はこれらの古墳の中では最も規模が大きく、埋葬施設も丁寧につくられていることから、この時期の磐余(いわれ)地域における首長の墓と考えることができます。

発掘された竪穴式石室の写真

詳しくは発掘調査報告(190回~199回)ページの、発掘調査現場から桜井公園遺跡群の調査(1)、桜井公園遺跡群の調査(2)をご覧ください。

発掘調査報告(190回~199回)

お問い合わせ先
桜井市教育委員会事務局 文化財課
〒633-0074 桜井市大字芝58-2
電話:0744-42-6005
FAX:0744-42-1366