現在の位置

発掘調査報告(140回~149回)

発掘調査現場から(149回)

広報「わかざくら」 平成11年3月15日号掲載

纒向遺跡の第112次調査

纒向遺跡の第112次調査は箸墓古墳の西約150メートルの地点で行いました。この地域ではこれまでの周辺の調査で弥生時代後期~古墳時代前期の遺構群が見つかっており、今回の調査でもこれらと同じ時期の遺構が検出されると予想していました。
調査は2カ所に分けて行い、一方の調査区からは弥生時代後期の溝が2本と北東方向に柵列状に並ぶピット3基、これまで周辺では確認されていなかった5世紀後半の須恵器の完形品が入っていた楕円形の土坑などが確認されました。
またもう一方の調査区からは箸墓古墳とほぼ同時期の土坑や落ち込みが検出され、土坑の中からは完形品に近い土器が多く出土しました(写真)。
これらの遺構を検出した遺構面の直上には同時期の埴輪を多く含む土層があります。弥生の遺物なども同様に含む事から元々残っていた弥生~古墳時代の遺構や古墳そのものを整地や耕作などにより掘り返してできた層と考えられますが、今回の調査地を含む箸墓周辺には後期古墳が数多くありその中の破壊された古墳の土を運んでいる可能性もあります。

纒向遺跡の第112次調査画像

発掘調査現場から(148回)

広報「わかざくら」 平成11年2月15日号掲載

吉備池廃寺の発掘調査

吉備池廃寺(吉備池遺跡第9次)の発掘調査が昨年の10月9日から12月7日にかけて行われました。調査地は桜井市大字吉備小字有ノ下、吉備池の北方約50メートルの地点に位置しています。池の南東隅には以前から橿原市にある飛鳥時代の木之本廃寺と同一型式の瓦片が散布しており、木之本廃寺の瓦を焼いた瓦窯があるものと考えられていました。
しかし、1997年の桜井市と奈良国立文化財研究所が行った瓦窯の実態解明を目的とした共同調査により、掘込み事業を施した巨大な金堂跡と見られる基壇を検出、翌年にはその西方約50メートルで塔跡と見られる基壇が確認された事から、瓦窯ではなく飛鳥時代の寺院であった事が解りました。この寺院は発見された場所の名前から吉備池廃寺と名付けられましたが、金堂や塔が極めて大きな規模を有する事や、遺物の年代、周辺に残る地名の考証などから舒明天皇が639年に発願して建設が始まった百済大寺ではないかと考えられています。


今回の調査で検出された飛鳥時代の大型建物は北側で7基、南側で4基の計11基の柱穴によって構成された1間(5.4メートル)×6間(16.4メートル)以上の東西に細長いもので、柱間は東西方向が9尺(2.72メートル)・南北方向が18尺(5.45メートル)の規模を持っています。調査区の制限もあり、東側は妻部まで確認できたものの、西側についてはどこまで続くかは解りません。
11基の柱穴の内、最も大きな物は南北2.8メートル・東西1.7メートル、深さ1.5メートルと非常に大きな物で、飛鳥時代でも最大級の柱穴を持った掘立柱建物であると言えます。建物や柱列の性格については吉備池廃寺の金堂・塔などとの位置関係、建物の構造などを考え合わせると寺に付属する大房や小子房などの僧房の施設と、板塀などの区画のための施設と考えています。
建物は僧坊にしては規模が大きすぎるという見方もありますが、この寺が百済大寺であったとするならば、寺の建立は我が国初の勅願寺(官立寺院)として、それまでの各豪族によって建てられた寺院とは異なり、国家(天皇家)としての威信が賭かっていたはずです。巨大な金堂や塔・そして巨大な柱穴はこの一大プロジェクトに対する人々の意気込みの現れではないでしょうか。

吉備池廃寺の発掘調査の写真

【巨大な金堂の基壇跡】

基壇築造の基礎工事にあたる掘り込みで、その上に土を何層にも突き固める「版築」と呼ばれる技法で高さ2.5メートルまで盛土していた。礎石などは見つかっていない。
また、桜井市山田の山田寺の瓦よりも古い特徴をもつ大ぶりの軒丸瓦や、斑鳩町の法隆寺・若草伽藍と同じ文様が押された軒平瓦が見つかり、年代が640年ごろと分かった。
(平成9年2月)

金堂の基壇跡の写真

【最大級の塔の基壇跡】

吉備池南側の金堂基壇跡から西へ約55メートルの所で見つかった塔の基壇跡は、一辺約30メートルという大規模なもので、地面を整地した上に厚さ約3~7センチメートルの幅で丁寧に土をつき固める工法(「版築(はんちく)」工法で築かれ、高さは約2.3メートルになる。
基壇の西側からは心礎(中心の柱を支える礎石)を引き上げるために設けたスロープが見つかったほか、中心部からは心礎を抜き取ったと考えられる東西約6メートル、南北約8メートルに及ぶ巨大な長方形の穴も見つかった。心礎はなかった。
また、金堂と塔が東西に並ぶ、法隆寺式伽藍配置だったことも判明した。
(平成10年3月)

塔の基壇跡の写真

発掘調査現場から(147回)

広報「わかざくら」 平成11年1月15日号掲載

弥生後期の円形竪穴式住居跡(横内遺跡)

大字横内、大福、吉備に跨がる横内遺跡の第2次調査を9~10月に実施しました。調査の結果、弥生時代後期の円形の竪穴式住居跡が発見され、粘土と砂のブロック層からなる張り床や根石を敷いた柱穴などが良好な状態で残存していた事が確認できました。
住居内からは若干の土器片と長さ5メートル程の石鏃やじりが1点出土しています。弥生後期の竪穴式住居跡は市内盆地部南の磐余地域では谷遺跡に次いで2例めとなりました。

円形竪穴式住居跡の写真

発掘調査現場から(146回)

広報「わかざくら」 平成10年11月15日号掲載

芝遺跡の調査から

芝遺跡第28次調査は個人住宅の建築に伴う調査であり、30平方メートルを発掘しました。芝遺跡内でも当地域は遺跡範囲の東端になり、これまでにも大三輪中学校の校舎の建て替えなどで調査が行われており、縄文時代後期の土器を包含する流路や中世の溝が検出されています。今回の調査対象地は大三輪中学校の西、上ツ道に隣接している部分のため、古代官道関連遺構の出土が推測されました。
調査は上層から計4面行い、第1面からは近代の沼状遺構や井戸が、第2面からは鋤溝、第3面からは小溝、第4面からは中世以降に埋没した昔の川跡が検出されました。中でも川跡からは多くの土器が出土しました。時期は13世紀後半で、土師器の皿や甕、瓦器椀や破片ですが漆椀も出土しました。また川跡では古い時代の遺物も混ざる事があり、今回は弥生土器や石器の材料になるサヌカイト片なども砂に紛れて多く出土しました。
第28次調査では期待された上ツ道関連の遺構は見つかりませんでしたが、遺物が出土する事の多い昔の川跡を調査する事ができたため、保存状態のよい中世の遺物を検出することができました。

芝遺跡の調査の写真

発掘調査現場から(145回)

広報「わかざくら」 平成10年9月15日号掲載

箸墓古墳の発掘調査

箸墓古墳の発掘調査が8月19日まで行われました。箸墓古墳は全長約280メートルの前方後円墳で、日本最古の大型前方後円墳と言われています。前方部の周辺では過去に5回の発掘調査が行われ、葺石や周濠状の落ち込み、盛り土による堤、古墳築造時の土取り跡などが確認され、出土した土器の検討により前方部が布留0式期(3世紀後半)の築造であることが確認されています。
今回の調査は後円部では初めての調査であり、今まで実態のよく解っていなかった箸墓古墳について実に多くの事柄を知ることができました。
まず第一には墳丘周囲の構造が解ってきたことです。古墳の周囲には幅約10メートル程度の周濠と、その外側に基底幅15メートルを越える大きな外堤が巡っていたようです。また外堤の所々には墳丘へと繋がる渡り堤が築造当初から付設されていたと考えられ、後の渋谷向山古墳などに代表される渡り堤を持った古墳のルーツとも言うべき様相を呈していたのでしょう。最古の大型前方後円墳といわれる箸墓古墳にこれらの要素が備わっていたということは古墳の構造や周辺施設の意義を考える上で重要な材料となるでしょう。
第二には築造時期の問題です。後円部の墳丘そのものを調査した訳ではありませんが、築造当初から後円部と同時に構築されたと考えられる渡り堤や外堤の盛り土内部から出土した土器の内、最も新しいものは布留0式と呼ばれる3世紀後半の土器群であることや、周濠の埋没時期、前方部での調査成果などを考え合わせると箸墓古墳の築造が布留0式期の中で完結していることはほぼ間違いないものと考えられます。

箸墓古墳の発掘調査の写真

発掘調査現場から(144回)

広報「わかざくら」 平成10年8月15日号掲載

谷遺跡でまた翼状剥片石器発見

谷遺跡第12次調査は、済生会病院の看護婦寮建設に先立ち、この3・4月に調査を行いました。発掘した石器の中に、翼状剥片(つばさじょうはくへん)と呼ばれる破片がありました。全長6センチ・幅1.8センチ・厚み1センチの三角形をしています。石材は二上山産のサヌカイトです。
翼状剥片とは、ナイフ形石器を作る際に、サヌカイトの原石を割って作っていきますが、その時にできるチップ(割りカス)の一つです。約二万~一万五千年前に、桜井に住んでいた旧石器人が、ナイフ形石器を作っていたことがわかるわけです。
以前に、すぐ東側の、シルバーケアまほろば園建設時にも出ており、これでナイフ形石器一ヵ所・翼状剥片二ヵ所がみつかりました。いずれも阿部丘陵上で発見されているのが特徴です。

発掘調査現場から(143回)

広報「わかざくら」 平成10年7月15日号掲載

安倍寺跡の発掘調査

安倍寺跡第18次の発掘調査が4月13日から5月16日の間にかけて行われました。調査地は現在史跡公園として整備されている部分の南東側にあたり、寺域の南限の築地跡にあたるのではないかと考えられていた場所です。
発掘調査の結果、寺域南限の築地跡は確認されず、安倍寺に関連のある遺構として藤原時代から鎌倉時代にかけての瓦溜め(瓦や土器などを捨てた場所)が見つかっています。
瓦溜め(写真)は調査地よりも規模の大きなものであるため、正確な大きさはわかりませんが、一昨年に調査が行われた際に確認された瓦溜めと同一の瓦溜めの内部に当たります。
中からは藤原時代から鎌倉時代にかけての軒丸瓦や軒平瓦・鬼瓦・土器の破片などが多量に出土しており、焼けた瓦などが含まれている事から鎌倉時代にこの寺が火事を受けている事がわかります。
この他、多くの瓦に混じって塑像と呼ばれる仏像の破片なども見つかっています。
塑像とは、あらかじめ木や縄、針金などで芯を作り、これに粘土を巻きながら肉付けして仏像などの形に作ったもので、表面は漆や金箔、彩色などが施されています。今回出土したものは、表面の文様部分や彩色は既に失われており、仏像のどの部分に当たるのかははっきりとしませんが、今回出土したものと同一個体と考えられる一昨年出土の塑像の破片や螺ラ髪ホツの大きさから考えて、丈六程度の大きな仏像であったと思われます。

安倍寺跡の発掘調査の写真

発掘調査現場から(142回)

広報「わかざくら」 平成10年6月15日号掲載

珠城山古墳群の北側で6世紀中頃の遺構検出

纒向遺跡の調査は今回で第一〇七次を数えます。調査地は纒向遺跡範囲内の北東側となる大字巻野内に位置し、地元で玉の山と呼ばれる珠城山古墳群の北側になります。この周辺ではこれまで、L字に曲がる溝、段丘沿いに走る溝、きんちゃく袋形布製品や多種の木製品と多量の外来系土器を含む土器溜まりなどが見つかっています。
一〇七次調査では3世紀~4世紀初頭の幅2.0~2.3メートル溝と6世紀中頃の土坑やピット落ち込みを検出しました。またそれに伴う須恵器の坏つき蓋ぶた、坏つき身み、甕かめや土は師じ器きなどの土器が出土しています。
今回の結果から、古墳時代前期検出遺構がさらに増えたのと、珠城山古墳群とも関係する可能性のある6世紀中頃の遺構が、古墳周辺に存在する可能性が出て来ました。

珠城山古墳群の北側で遺構検出の写真

発掘調査現場から(141回)

広報「わかざくら」 平成10年5月15日号掲載

谷遺跡から竪穴住居群検出

済生会中和病院の看護婦寮建設に先立ち、三月から四月にかけて発掘調査を実施しました。約100平方メートルのトレンチ(調査範囲)内から、西向きの傾斜面全体に、六世紀前半頃の竪穴住居が10棟、切り合って検出され、短期間に集中した村落があったことがわかりました。
中からは、須恵器坏つきや壷、はぞう、土師器甕(はじきかめ)やこしきが出土した他、碧玉(みどりだま)とよばれる緑色の玉造り用の石材や、双孔円板とよばれる鏡の模造品、管玉や小玉等が発見されています。また立派なカマドも三基みつかりました。
遺跡の存在する場所は、安倍山丘陵から西の方向に広がる台地形で、西側は低い池状遺構であったとみられ、六世紀前半段階に「磐余」地域を開発した農民たちが居住した村であったと考えられています。

谷遺跡から竪穴住居群検出の写真

発掘調査現場から(140回)

広報「わかざくら」 平成10年4月15日号掲載

東田大塚古墳の発掘調査

大字東田にあります東田大塚古墳の発掘調査が2月から3月にかけて行われました。調査は農道の整備事業に伴うもので、墳丘の裾部より東方へ約70メートルに亙って幅3メートルの調査区を設定しています。調査の結果、古墳の周囲からは幅約21メートル、深さ約1メートルの周濠の跡が確認されました。濠の中からは3世紀後半から末頃のものと見られる甕や壷・高坏などの土器類や、機織りの際の経巻具・有頭棒などの木製品が出土しています。 この事から東田大塚古墳は少なくとも3世紀の末までには築造が終了していた最古級の前方後円墳である事が確認されました。
纒向遺跡には石塚古墳をはじめとして6基の前方後円墳が存在していますが、いずれの古墳も3世紀の中で築造された物である事はほぼ確実となりました。纒向遺跡の古墳群は前方後円墳で構成された日本最古の古墳群と言えるでしょう。 この他、周濠外側の肩部分からは埋葬施設が1基確認されています。この埋葬施設は西部瀬戸内系の大型複合口縁壷を棺として使用したもので、小児用の物と考えています。壷棺の蓋には外面を朱で真っ赤に塗られた東海地方系の壷が上半分を打ち欠いて使われており、棺と蓋が西と東の土器を使用した珍しい物である事が解りました。

東田大塚古墳の発掘調査の写真

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