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発掘報告:纒向遺跡出土の木製仮面

纒向遺跡(第149次調査)出土の木製仮面

纒向遺跡(第149次調査)出土の木製仮面 記者発表用資料(2007年9月26日)
桜井市教育委員会・(財)桜井市文化財協会

1.はじめに

纒向遺跡の概要

纒向遺跡は桜井市北部の大字太田・巻野内・辻・東田を中心とする東西約2キロメートル、南北約1.5キロメートルの範囲に広がる遺跡で、古墳時代前期を中心とする時期の大規模な集落遺跡としてよく知られている。1971年の第1次調査以来、30余年にわたって140次を超える調査が実施され、3世紀代を中心とする時期の重要な遺構・遺物が多数確認されている。また遺跡内には箸墓古墳をはじめとする古墳出現期の大型墳墓が複数存在することが知られており、この地に当時の日本列島における中心的な集落が存在したと考えられている。

第149次調査の概要

纒向遺跡のほぼ中央に位置する灌漑用池の太田池(大字太田所在)において、住宅地造成工事に先立って実施された。調査区は池の周囲を巡る堤部分に5箇所設定し、調査総面積は213平方メートル(第1トレンチ:16.5平方メートル、第2トレンチ:56平方メートル、第3トレンチ:45.5平方メートル、第4トレンチ:60平方メートル、第5トレンチ:35平方メートル)、調査期間は平成19年4月2日~平成19年5月24日である。
確認された遺構は、刳り抜きの木製井戸枠を持つ井戸や、土坑、ピット、落ち込みなど古墳時代前期を中心とするものが大半であり、外来系を含む多数の土器片や木製品類、銅鏃などが出土している。
なお調査終了後の平成19年6月15日に実施した工事立会の際に、池底より土坑1基の存在が確認された。後述する木製仮面はこの土坑より出土している。

2.木製仮面出土遺構の概要

遺構の位置と検出時の状況

木製仮面が出土した土坑は、纒向遺跡第149次調査が実施された太田池の中央から南西に寄った位置において、池底に堆積する粘質土除去工事の立会の際に確認された。上面検出時には、土坑埋土中に多数の木製品や土器片が含まれる状況が容易に観察することができた。こうした状況をうけて、急遽土坑の調査を実施することとなった。

遺構の形態と埋土

土坑は深さ約1.4メートル分が残存していた。平面形態は、検出面においては直径約1.5メートルの不整形を呈し、底部付近ではほぼ円形となっている。断面形は検出面より約50センチメートル下で狭くなるもので、こうした形態的特徴から素掘りの井戸であると推定される。
埋土は上層と下層の2層に大別することができる。上層は黒灰色の粘土で構成されるもので、最大で50センチメートル程度の厚みを有していた。土坑埋没後の擂鉢上の窪みに堆積したものと理解され、ここには多くの遺物が含まれていた。
下層は基本的に砂質土で構成され、一部に粘質土を含む状況が確認できた。上層に比して遺物量は少なく、後で詳述する木製仮面のほかは、残存率の低い土器片や木製品片が数点出土している程度である。

木製仮面の出土状況

上記のようにこの土坑は、検出面より約50センチメートル下で狭くなる形態を呈しており、この部分に不明瞭なテラス面が存在する。木製仮面は土坑南壁のテラス面の上面において、表面側(顔面側)を下に向けた状態で検出された。ほぼ完形の状態にあり、土圧によると思われるひび割れ以外に破損は見られなかった。

その他の遺物

上層埋土中より土器類や籠状製品のほか、多くの木製品が出土している。長さ約47.5センチメートルを測る鎌柄は完形の状態で出土しており、柄の基部と頭部に突起が見られ、頭部側の突起の直下には刃の装着孔が観察できる。モミ製の盾は、長さ15センチメートル程度の小片のみが確認されている。表面には赤色と黒色の彩色が見られる。

3.木製仮面の形態的特徴

長さ26センチメートル、幅21.5センチメートルで、厚さは0.6センチメートル前後を測る。アカガシ亜属の柾目材で作られた広鍬を転用したものであるが、鍬としてはほとんど使用されていないものと推定される。鍬の刃縁側を頭、頭部側を顎としており、顎の部分が尖るような平面形態を呈している。
口と両目の部分には穿孔が存在するが、前者は鍬の柄孔をそのまま利用しており、径3.4センチメートルの円形の精緻な穿孔がなされている。対して後者は転用時に開けられたものであり、非常に粗い穿孔となっている。両目の大きさは、縦約1.2センチメートル、横約3.5センチメートルである。鼻は隆起部を削って整形したもので、径0.5センチメートルほどの鼻孔が表現されている。眉毛は線刻により表現されており、その周辺にはわずかに赤色顔料が付着していた。入れ墨の表現などは見られない。裏面はほぼ平坦であり、顔に覆いかぶさるように湾曲した形態ではない。
この木製仮面には紐孔などが見られず、実際に顔に装着して使用したものかどうかを判断することは難しい。しかしその大きさから考えると、実際に顔につけることを意図して作られた可能性が高いと言えるだろう。その場合紐などを用いず、手に持って顔を覆ったものと推定することができる。

木製仮面の写真

4.木製仮面の性格

時期

土坑の上層にあたる粘土層からは一定量の土器が出土しており、これらは庄内式期の古相段階(庄内1式期)に属するものと考えられる。木製仮面が出土した下層からも少量ながら土器片が出土しており、上層とそれほど大きな時期差は考えられない。これらのことから、木製仮面の所属時期もまた庄内式期の古相段階(3世紀前半頃)に考えることができる。

考古資料に見られる仮面

これまで日本列島における木製仮面の最古の事例としては、7世紀初頭頃の神戸市宅原(えいばら)遺跡出土例が知られていたが、今回の事例はそれを大きく遡る時期に位置付けられるものである。
考古資料に見られる仮面としては、縄文時代では土製仮面が知られており、このほか鼻・口・耳などの土製品の存在から、木製・皮製などの仮面が存在したと推定されている。また奈良時代以降では、大陸より伝わった舞楽で使用されたと考えられる仮面が複数知られている。弥生時代においては、東日本を中心に存在する土偶形容器に仮面状の表現が見られ、土器絵画にも仮面を装着していると見られる人物が描かれる例が存在する。しかし弥生時代の仮面の実例はほとんど知られておらず、古墳時代においても確認されていなかった。

木製仮面の性格

上記のように、これまでに知られている考古資料の中には今回の事例に近い時期・形態のものは無く、時期的に隔たりのある縄文時代や7世紀以降の事例と直接比較することは難しい。そこで、以下では木製仮面が出土した土坑の性格を検討し、そこから木製仮面そのものの持つ意味について考えることとしたい。
木製仮面が出土した遺構は、既に見たような素掘りの井戸と見られる土坑である。特徴的な点としては、上層埋土である黒灰色粘土中より多量の木製品が出土している点を指摘することができる。出土木製品の総数は数十点に及んでおり、炭化した木片なども含まれていた。このように木製品や炭化木が多量に出土する土坑は纒向遺跡内でも多数確認されており、纒向遺跡で特有に見られる祭祀との関連性が以前より指摘されている。土坑より出土する木製品が祭祀に使用されたものであると考えるならば、木製仮面もまた、鎌や彩色された盾とともに祭祀の一場面で使用されたと推定することができる。農具である鍬を転用している点を考慮するなら、その祭祀は農耕に関連するものであった可能性が考えられる。
今回出土の木製仮面は、依然として不明な部分の多い纒向遺跡の祭祀形態の研究に、新たな視点を与えてくれる貴重な資料ということができる。

【引用・参考文献】
1)石野博信(編)2005『大和・纒向遺跡』 学生社
2)勝又洋子(編)2002『仮面』 里文出版
3)奈良県立橿原考古学研究所(編)2003『奈良県の弥生土器集成』
4)神崎勝ほか 1988『神戸市北区長尾町宅原遺跡宮之元地区の調査(1986年)』 妙見山麓遺跡調査会

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