現在の位置

万葉歌碑-歌碑の紹介(7)

山の辺の道コース

万葉歌碑-歌碑一覧(山の辺の道コース)

万葉歌碑マップ(山の辺の道コース)

No.7

痛足河、河波立ちぬ巻目の由槻が嶽に雲居立てるらし

  • 歌の解釈:穴師川に川波が立ってる。巻向山の由槻嶽に雲がわきあがっているらしい。
  • 万葉集:巻7~1087
  • 所在:箸中車谷
  • 著者:柿本人麿
  • 筆者:棟方志功

歌碑7の画像

歌碑ものがたり(その2)

 (広報『わかざくら』平成10年3月15日号掲載)

  • 「棟方志功」画伯の書

棟方志功画伯には戦前、東京の保田與重郎先生宅でお目にかかっていたが、親しくして頂くようになったのは戦後まもなくの昭和二十三年ごろであった。

富山県福光町の疎開先から来和され、飛鳥の猿石や石舞台、当市の石位寺、金屋の石仏等をご案内したことが機縁となった。後年、突然画伯から封書が届いた。
「(前略)遠い前々奈良の石舞台その他案内していただいたことが今もありありと、御恩の程を沁み沁みいたして去りません。ありがとうございます…。」としたためてあった。
しばらくして詩人の柳井道弘氏から棟方先生が、この十月十五日の東大寺良弁僧正千二百年御遠忌法要に、特別来賓としてお越しになる。

ついてはそのあと、先生書の桜井市の歌碑のところへお導きしてあげてほしいと言ってきた。
十月十六日朝、南大門のお宿へと出迎え、十時すぎに穴師川についた。(箸中車谷の歌碑)
画伯の選ばれた歌は、柿本人麻呂の「雲を詠む」と題された二首のはじめの方の歌だ。
「あなし河河浪立ちぬ巻目(まきむく)のゆ槻が岳に雲居立てるらし」(巻7-1087)の万葉仮名がきである。
すなわち碑面右上に「柿本人麻呂」と書き、左へ雲のようなものをあしらった連山を画き、その下へ「痛足河 河浪立奴、巻目之由槻我高仁雲居立有良志」としるし、その下へ「棟」との印刻のもと、棟方志功書」と刻む、力強いものだ。


強度の近視の画伯は碑面すれすれに眼を近づけ、上から下へなめるように見ておられたが、やがて、これでいい、これでいいと連発して満足そうであった。

このあとたしか大神神社に参拝して、外山の玉井栄一郎氏宅に寄り、近鉄八木駅へお送りした別れ際、「栢木さん、私はこれから毎年奈良へ来て一月ぐらい滞在し、このへんをうんとかくよ」といっておられた。

しかしその翌年病臥され、昭和五十年(1975)他界された。


天もし画伯にあと数年命を与えてくださっていたら、平成十二年オープンの「万葉ミュージアム」には、画伯の大和路画集で壁面を飾れたのに残念至極と思うのは、私一人だけではないのではないか。

お問い合わせ先
桜井市役所 まちづくり部 観光まちづくり課
〒633-8585 桜井市大字粟殿432-1
電話:0744-42-9111(内線342・348)
FAX:0744-46-1782
メールフォームによるお問い合わせ