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万葉歌碑-歌碑の紹介(16)

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No.16

紫は仄(灰)さすものぞつば市の八十のちまたに逢へる児や誰

  • 歌の解釈:つば市の辻で逢った貴女は、何というお名前ですか。
  • 万葉集:巻12~3101
  • 所在:金屋海柘榴市観音近く
  • 著者:作者未詳
  • 筆者:今 東光

歌碑16の画像

歌碑ものがたり(その7)

 (広報『わかざくら』平成11年2月15日号掲載)

  • 「今 東光」書

直木賞作家で天台宗の大僧正でもある今東光先生は、次の歌を染筆された。


「紫は灰さすものぞ海石榴市(つばいち)の八十の衢(ちまた)に逢へる子や誰」(巻12-3101)


紫染めには灰を加えてするものだ。その灰にする椿ではないが、海石榴市の四通八達した辻で会ったお前さんはどこの誰ですか、名を聞かせて下さい、というのである。

「問答歌」と題してある、問の歌で、初二句の「紫は灰さすものぞ」は「つばいち」の序詞となっている。ところが、今先生は「灰さす」でなく、「仄(ほの)さす」と詠まれた。

古書の転写をした人が、「仄」という字にチョンチョンと点を入れてしまったのだと考えられた和尚の美学が、このように書かしてしまったらしい。

答の歌は「たらちねの母が呼ぶ名を申さめど道行く人を誰と知りてか」(同3102)というのである。

今先生は答歌の方は宇野千代さんに書いてもらってくれと希望されていたが残念ながら、実現していない。

毒舌できこえた大僧正も宇野千代女史にはいつも宇野さんがなあと好感をもって語っておられた。
歌碑は金屋の東端、観音堂前の「海石榴市観世音道」との古い道標に向かって建っている。


今東光先生は、明治三十一年(一八九八)横浜市の生まれ。

父上は日本郵船会社勤務ゆえ、父に従って各地を転々、中学は中退。しかし、文学青年として早くに川端康成を識り、第六次『新思潮』『文芸春秋』『文芸時代』の同人となり、『新感覚派』作家として世に出たが、まもなく菊池寛に反逆して文壇を離れ、天台宗の僧侶となった。法名は春聴。

昭和三一年発表の歴史小説『お吟さま』が直木賞となり、流行作家となる。
文壇に復帰してから旺盛な筆力で「闘鶏」「河内風土記」等代表作を発表する一方、各地の天台院の復興に力を尽くし、大僧正にも任じられた。晩年、平泉中尊寺貫主、参議院議員などをつとめられたが、昭和五十二年(一九七七)千葉県の病院にて没。七十九歳だった。


作家の瀬戸内寂聴氏は今春聴上人の弟子。

春聴上人のもとで出家し、聴をもらい、寂聴と法名をつけてもらわれた。
今先生のあとを受け、現在中尊寺の貫主をされている。

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