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万葉歌碑-歌碑の紹介(20)

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No.20

苦しくも降り来る雨か神の崎狭野の渡りに家もあらなくに

  • 歌の解釈:難儀なことに雨が降って来た。三輪の崎の狭野の渡し場には雨宿りする家もないのに。
  • 万葉集:巻3~265
  • 所在:三輪ケ崎
  • 著者:長忌寸奥麿
  • 筆者:木本誠二

歌碑20の画像

歌碑ものがたり(その12)

 (広報『わかざくら』平成9年2月15日号掲載)

  • 狭野の渡りはわが桜井市

県道慈恩寺三輪線の三叉路、すなわち三輪山麓、椿山入口に次の歌碑が建っている。


長忌寸奥麿が歌一首
「苦しくも降り来る雨か神の崎 狭野の渡りに家もあらなくに」
長忌寸奥麿歌一首
「苦毛零来雨可神之崎狭野之渡爾家裳不有國」 木本誠二


碑陰には「昭和四十一年一月不治の病痾に苦しむところ氏神三輪明神の神護と木本先生の妙手により尚生を享く 請いてこの書を受け之れを碑に刻し先生ゆかりの地に建て永久に其の徳を展ぶ」
昭和四十七壬子年春 堀江文雄撰 と仮名まじり文と万葉仮名を併記してある。


堀江文雄氏上京中病気をされ、木本先生(東大医学部教授)のお陰で命拾いしたと、常に話しておられた。 
歌の意味は、「こまったことに降り出した雨だよ。三輪山の突き出た崎の野のあたりには、家といっては一軒もないのに。」というのだ。

万葉集巻3-265番歌で、作者の長奥麿は伝未詳。意吉麻呂とも書かれている。

ただし「忌寸(いみき)」は天武天皇制定の八姓の一である。


ところで、この歌の「神(みわ)の崎、佐野の渡り」は古来大和説、紀州説に分かれていたが、現今諸家殆ど、和歌山県新宮市の三輪崎、佐野にもっていっている。

『口訳万葉集』と『万葉集名歌選釈』ではさすが現地を熟知しておられる先生方ばかりゆえ、当市なのだ。
この歌を本歌取りした藤原定家は「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ」(新古今和歌集)と詠んだ。
また『源氏物語』東屋巻に「佐野のわたりに家もあらなくになど口ずさびて」とある。

さらに謡曲「鉢木」は、場所が群馬県高崎市の佐野だが「古歌の心に似たるぞや、駒とめて袖うちはらふ陰もなし、佐野の渡りの雪の夕暮、かようによみしは大和路や、三輪が崎なる佐野の渡り」とうたう。最明寺入道時頼が一夜の宿を乞うた佐野源左エ門の邸である。かく万葉以来、語りつがれているのだ。

現地をよく見て万葉歌を鑑賞したい。


堀井文雄翁は当市粟殿の方で、旧城島村村長や、竜吟鏡こと倉橋溜池土地改良事業に多年尽力された。

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