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万葉歌碑-歌碑の紹介(31)

磐余(いわれ)の道コース

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No.31

金烏臨西舎 鼓聲催短命 泉路無賓主 此夕離家向

  • 歌の解釈:金烏(太陽)はすでに傾いて、西の家屋を照らし、時を告げる鼓の音は、死を目前にした短い命をせきたてるように聞こえてくる。死出の旅路には、お客も主人もなくただ一人ぼっち。-この夕べ自分の家を離れて孤影さびしく黄泉の旅へ出立しなければならない。
  • 万葉集:懐風藻
  • 所在:吉備池北側の春日神社
  • 著者:大津皇子
  • 筆者:福田恒存

No.31-2

神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君あらなくに

  • 歌の解釈:伊勢の国にいればよかったものを、どうして帰ってきたのであろうか。大津皇子もいないことなのに。
  • 万葉集:巻2~163
  • 所在:北側の春日神社
  • 著者:大来皇女
  • 筆者:福田恒存

歌碑31の画像

歌碑ものがたり(その23) 

(広報『わかざくら』平成12年9月15日号掲載)

  • 吉備の春日神社の歌碑

春日神社へ東面して石段を上がったすぐ右手玉垣の南寄りに次の詩歌碑が建っている。


 「金鳥臨西舎鼓聲
  催短命泉路無賓
  主此夕離家向」
「神風の伊勢の國にもあらましを なにしか来けむ君もあらなくに」 恒存書 印


漢詩は『懐風藻』に載る大津皇子の五言絶句である。

読み下すと「金鳥(きんう)西舎に臨み、鼓聲短命を催(もよお)す、泉路賓主(せんろひんしゅ)なく、此の夕家を離れて向かう」となる。

金鳥は太陽、鼓聲は時刻を告げる鼓の音、泉路は死出の旅。

訳語田(おさだ)の舎(いえ)で死を賜った時、前回(その22)の短歌と共に、心境を述べた辞世の漢詩。

日は西に傾き、夕刻を告げる鼓の音は短い命をさらにせきたてるようだ。

死出の旅路には客もなく、俺ひとりだけだ。この夕方家を出て、一体ひとりでどこに向かおうとするのか、というのである。

この時、妃の山辺皇女は、髪を乱し、はだしでかけつけて殉死した、見る者皆すすり泣いた、と『日本書紀』はしるす。


漢詩の左側の歌は、万葉集巻二に「大津皇子の薨(かむあが)りましし後、大伯(おおく)皇女、伊勢の斎宮(いつきのみや)より京に上る時に作りませる歌二首」と詞書きのあるはじめの一首(163)である。
歌意は、伊勢の国にいればよかったものを、どうして帰ってきたのであろう。なつかしい弟の君もおられないのに、というのだ。

歌の方の彫りが浅いので、注意して見てほしい。


染筆の福田恒存(つねあり)先生は大正元年(一九一二)東京生まれ、東大英文科卒。

評論家、劇作家、国語問題等幅広く活躍された。特にシェークスピア全集の現代語訳は坪内逍遥をしのぐ出来栄えと評された。

当市の催しでは、土舞台顕彰式典にも参列くださった。平成六年(一九九四)没、八十二歳。

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