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万葉歌碑-歌碑の紹介(34)

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No.34

椋橋の山を高みか夜ごもりに出で来る月の光ともしき

  • 歌の解釈:倉橋の山が高いからだろうか、夜もふけてから、やっと姿を出してくる月の光はなんと弱くとぼしいことよ。
  • 万葉集:巻3~290
  • 所在:聖林寺
  • 著者:間人宿祢大浦
  • 筆者:清水比庵

歌碑34の画像

歌碑ものがたり(その5) 

(広報『わかざくら』平成10年12月15日号掲載)

  • 「清水比庵」の書

歌・書・画と三芸に秀でた清水比庵先生は左記の万葉歌を書かれた。


「椋橋の山を高みか夜ごもりに出でくる月の光ともしき」(巻3-290)


作者は間人宿弥(はしひとのすくね)大浦(伝不明)で、聖林寺山門下の石
垣に沿って建っている。

 

この歌について殆どの万葉学者が、倉橋の山が高いためであろう、夜更けて出て来る月の光が乏しい、と訳している。

これではこの歌のすばらしさが感じられない。

「ともしい」は「乏しい」とも「羨しい」とも国語辞典にはしるす。
ところが、折口信夫の『口訳万葉集』では、「ああ月が出てきた。椋橋山が高いからか夜更け渡ってから出てくる月の光が、ほんとに見事なことだ」とロ訳する。
また、『万葉集名歌選釈』(保田與重郎著)には「夜ごもり」は夜ふけで、二十日過ぎの月のようである。

倉橋山は大和の国原からみると、時に応じておもおもしく、堂々とした山に見える。昼見ればさほどに思わぬが、夜も、月の夜に見るこのおちつきは、巨大な重量感をもって感じられるとしるす。

そして万葉集の風景は夜の景色も歌っている。といって、特にこの歌は夜の重々しい姿をよく現していて、凛とした月夜だとたたえ、「神(かん)ながら」といわれてきた清浄無我の心境さえわき、何たる名歌なるかと感にうたれたと絶賛されていた。

現地をよく知っておられたこれら二人の詩人・文人の鑑賞眼に注目してほしい。


さて清水比庵先生は岡山県笠岡に生まれられ、京都大学の法科ご出身と聞いた。

戦前東照宮のある日光の町長を十年余りされていた。

日光へは、来朝の外国の元首などの賓客が多いので、その相手をするにふさわしい人というので、是非にといわれて就任されたと聞いた。

昭和五十年、九十一歳で東京の自宅にて病没された。
小柄で諷々とした今良寛といった感じの方であった。

大神神社旧大礼記念館に額田王の「味酒三輪の山」の長・短歌共に墨書した優雅な扁額がかかっていることをお知らせしておく。

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