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万葉歌碑-歌碑の紹介(35)

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No.35

梯立の倉橋山に立てる白雲みまく欲りわがするなべに立てる白雲

  • 歌の解釈:倉橋山に立っている白い雲よ。見たいなと思うと同時に立ってきた白い雲であるよ。
  • 万葉集:巻7~1282
  • 所在:市高齢者総合福祉センター前
  • 著者:作者未詳
  • 筆者:大西良慶

歌碑35の画像

歌碑ものがたり(その13)

 (広報『わかざくら』平成11年9月15日号掲載)

  • 福祉センター前の歌碑

福祉センター前に次の万葉歌碑がある。


 「橋立 倉椅山 立白雲 見欲 我為苗 立白雲」 音羽山主良慶九十八歳


右は万葉仮名書きで訓は「はしだての倉橋山に立てる白雲 見まくほりわがするなべに立てる白雲」と読む(巻7-1282)

この歌は短歌でなく、五、七、七、五、七、七となっている旋頭歌(せどうか)である。

旋頭歌は片歌(五、七、七)がかけあいの問答歌となり、一人で詠むように変化して行った。

古事記景行記に、日本武尊が酒折宮(山梨県)で火焼老人(ひたきのおきな)と問答されたものが載っていて、旋頭歌の起りというが、もっと古いのかも知れない。
歌意は、椋橋山に白雲が立っている。その山を見ようとすればするほど白雲が立って邪魔をするというのだ。


この歌碑ははじめ、元の多武峰小学校跡から倉橋溜池へ出る道の西側、水田に面して建っていた。

ところが桜井市高齢者総合福祉センターが平成七年十月一日に、ここにオープンしたので、センター手前の西方柵内に移した。

現地はセンター東上方に音羽山が、くっきりと仰がれ、北に三輪、初瀬の山なみが望まれるという眺望のよい位置に建つことになった。


染筆者の大西良慶和上は、明治八年(一八七五)妙楽寺塔頭智光院(多武峰)大西家の生れで、法隆寺、興福寺の住職をへて明治四十四年に第二次法相宗管長、ついで大正三年京都の音羽山清水寺に移り、昭和四十年、北法相宗初代管長として宗教界につくされていた。昭和五十七年一○八歳で亡くなった。


ここの音羽山(万葉の倉橋山)は、平安時代京都から移したので、北の京都に対して南の音羽山といっている。


ちなみに良慶和上が白寿の祝いのあと、そのお返しに色紙二百数十枚書かれたが、同じ文字が一枚もなかった。流石博識の和上であると感嘆して、聖林寺先代倉本春尚長老が晩年語っておられた。

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