現在の位置

万葉歌碑-歌碑の紹介(36)

多武の道コース

万葉歌碑-歌碑一覧(多武の道コース)

万葉歌碑マップ(多武の道コース・磐余(いわれ)の道コース)

No.36

大君は神にしませば真木の立つ荒山中に海をなすかも

  • 歌の解釈:皇子(長皇子)は神でいらっしゃるので、立派な木が茂っている荒れた山の中にも、湖をお作りになることよ。
  • 万葉集:巻3~241
  • 所在:倉橋ため池近辺
  • 著者:柿本人磨
  • 筆者:宇野哲人

歌碑36の画像

歌碑ものがたり(その20) 

(広報『わかざくら』平成12年6月15日号掲載)

  • 竜吟鏡東南隅の歌碑

倉橋出屋敷にあった元の当市老人福祉センター(現、森林組合)前、すなわち「竜吟鏡」東南の隅に次の歌碑が建っている。


「大君は神にしませば真木の立つ荒山中に海をなすかも」 宇野哲人書


万葉集(巻3-241)のこの歌は、長皇子(天武天皇の皇子)が猟路の池あたりへ遊猟せられた時、柿本人麻呂の作った歌並びに短歌との詞書のある、異本の反歌としるす。
歌意は、私の仕え奉る皇子様は、神様でいらっしゃるから、そのご威光で、桧の生えている人気のない恐ろしい山の中に、海(淡水湖)をこしらえなさった、というのだ。

長歌『(その17)巻3-239』に、「猟路の小野」とあるのは「鹿路」で、それは、池のあるほとりの野だと『万葉集注釈』に示す通り、昔は池があった。

現在はないので、竜吟鏡(倉橋溜池)傍へ建碑した。


染筆の宇野先生は中国哲学者で東京大学名誉教授。

明治八年(一八七五)熊本市生れ、旧制第五高等学校から旧東京帝国大学を主席で卒業された。いわゆる恩賜の銀時計組だ。

東大教授後、北京大学文学院名誉教授として同学再建にも努力された。

熊本市名誉市民、昭和四十九年没。九十八歳だった。

著書は『儒学史』『支那哲学史』『支那哲学講話』『支那哲学の研究』『二程子の哲学』等多数。


ところで、この歌碑をこの地に建てた当時、ここには竜吟荘(老人福祉センター)があった。

昭和四十七年、歌碑の染筆を依頼した時、宇野先生は染筆者三十七名中、最高齢の九十六歳であられた。

それゆえ、竜吟荘へお越しの方々が、宇野先生にあやかって、心身共に健やかであれかしとの市当局の願いもこめられていたのではなかろうか。
(注釈…現在は、倉橋溜池の改修工事のため写真とは周囲の環境が異なっています。)

お問い合わせ先
桜井市役所 まちづくり部 観光まちづくり課
〒633-8585 桜井市大字粟殿432-1
電話:0744-42-9111(内線342・348)
FAX:0744-46-1782
メールフォームによるお問い合わせ