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万葉歌碑-歌碑の紹介(41)

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No.41

巻向の桧原も未だ雲いねば小松が末ゆ淡雪流る

  • 歌の解釈:巻向の桧の原にもまだ雲がかかっていないのに松の枝先を沫(泡)雪が流れるように降っている。
  • 万葉集:巻10~2314
  • 所在:穴師相撲神社境内
  • 著者:柿本人磨
  • 筆者:山本健吉

歌碑41の画像

歌碑ものがたり(その6) 

(広報『わかざくら』平成11年1月15日号掲載)

  • 文芸評論家「山本健吉」書

山本先生は次の歌碑を選んで書かれた。


「纒向之桧原もいまだ雲ゐねば小松が梢(うれ)ゆ沫雪流る」(巻10-2314)

 

この歌は、冬の雑歌での雪と題した三首目に載っている。
意味は、「巻向山の桧原にもまだ雲がかかってもいないのに、もう松の梢に沫雪が降っていることだ」、というのである。
「小松」の「小」というのは愛称で、見上げるような大きな松にもつけた。

例歌は他にもあった。

相当高い松の梢をふり仰いだところ、曇っている空から落ちる雪が松の梢のところにきて、はっきり見えたのである。

その雪が梢のところを、ちらちらして降って来る、それが「梢ゆ沫雪流る」という表現になったと『万葉集注釈』(澤瀉久考著)はしるす。


歌碑は野見宿弥神社の南台地、桜の木や楓のまばらにある、いわゆる「カタヤケシ」に建っている。国技相撲の発祥地だ。


染筆者山本健吉という方は、本名石橋貞吉で明治四十年(1907)長崎に生まれ、慶応義塾大学に入学、折口信夫に学んだ。父上の石橋忍月は明治時代の文芸評論家として名高い。


ところでこの歌碑は当市での第二回目の計画として昭和四十九年度に九名染筆をお願いしたうちの一基である。

第一回目同様、拓本による合同除幕式を大神神社神楽殿に於いておこなった。

この日、山本先生はお嬢さんとご出席くださり、父子二人で除幕された。
その後、山本先生は何かと米田一郎氏をたより、桜井方面へは何回もお越しになった。
私は昭和三十六年に宇陀の阿騎野でお目にかかっていた。

旧知というので、米田氏は先生西下の折にはいつも連絡されていた。
山本先生は俳句にも造詣深く、歳時記の編著もあり、さらにわが国の古典文学から現代文学まで広くその文筆は及んでいた。

特に折口信夫の著作にふれたものがよい。また、日本文芸家協会の理事長を三期ほどされていたと思う。

かかる幅広い活躍によって文化勲章も受賞されたが、惜しくも昭和六十三年(1988)八十一歳で昇天された。

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