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万葉歌碑-歌碑の紹介(45)

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No.45

泊瀬川速み早瀬をむすびあげてあかずや妹ととひし公はも

  • 歌の解釈:泊瀬川の清流が速いので、私に代わって早瀬の水を手にすくいあげてくれて、「まだ飲み飽きないか、もっと欲しいか」とやさしく尋ねてくださったあの方は、ああ(今はどうしておられるだろう。)
  • 万葉集:巻11~2706
  • 所在:慈恩寺、新佐野橋近く
  • 著者:作者未詳
  • 筆者:辰己利文

歌碑45の画像

歌碑ものがたり(その9)

(広報『わかざくら』平成11年4月15日号掲載)

  • 「辰己利文」書

辰己利文先生は左記の歌を万葉仮名で染筆された。


「泊湍川速見速 乎結上而不飽八妹登問師公羽裳」


右は万葉集巻11-2706六番の歌で、「泊瀬(はつ)川速み早瀬を掬(むす)び上げて飽かずや妹と問ひし君はも」とよむ。


ところで、この歌の第二句「速見早瀬」について「跡見(とみ)の早瀬」だと訓読したのは、『口訳万葉集』(折口信夫)と『万葉集名歌選釈』(保田與重郎)の二書のみであった。
歌は、「初瀬川に流れ入る跡見の速瀬の清らかな水を掬び上げて、いくらのんでも飽かないように貴女(あなた)にもと、誓われた君だったのに、今はもう心変わりしてしまわれた」と失恋の気持ちを詠んだ女の歌である。

「跡見の早瀬」は三輪山麓、佐野の渡りを少し下った所で、磯城島金刺宮にも近い。
歌碑は国道165号線、新佐野橋西側、初瀬川べりに建っている。

北ま向かいに三輪山が仰がれ、南は近鉄大阪線がま近いところだ。


辰己先生は、若くして万葉学者の佐佐木信綱先生に入門、歌誌「心の花」にも属しておられた。著書として『大和万葉地理研究』の好著もあり、大和万葉地理の草分け的な方であった。
戦前教職のかたわら、夏休みに、佐佐木先生や、澤瀉久孝先生ら万葉の大家を招き度々講演会を催された。いわば今日の文化講座の先鞭をつけられたわけだ。


晩年、明日香村の岡寺に辰己先生の歌碑が建った時、記念の歌集『残花抄』があまれ、保田、犬養両先生が序文を寄せられた。
犬養先生は、「当時学生のわたくしは毎年の夏の講座に参加し、大和万葉の地に連れていただいた。炎熱のもと、辰己さんの、まさに蠻声(ばんせい)の叱咤のあとをついてまわった。万葉地理学、万葉風土学の開拓者であられた。」と称賛されていた。


辰己先生は明治三十一年(一八九八)本県明日香村に生まれ、昭和五十八年(一九八三)橿原市の自宅で亡くなられた。八十四歳だった。

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