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万葉歌碑-歌碑の紹介(49)

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No.49

うま酒三輪の祝(社)の山照らす秋の黄葉散らまく惜しも

  • 歌の解釈:三輪神社のある山を、照らすばかりに色づいた秋のもみじの散ることの惜しまれることよ。
  • 万葉集:巻8~1517
  • 所在:大神神社境内
  • 著者:長屋王
  • 筆者:堂本印象

歌碑49の画像

歌碑ものがたり(その29)

(広報『わかざくら』平成13年3月15日号掲載)

  • 大神神社祈祷殿前の二基の歌碑

真新しい祈祷殿の広場北西側にある坂路に二基の歌碑が並ぶ。
その一つは、

「うまさけを三輪のはふりがやまてらす

あきのもみぢばちらまくをしも」印象 印

と刻むもの。

 

この歌、万葉仮名では左記のようになっている。

「味酒 三輪乃社之 山照 秋乃黄葉乃 散莫惜毛」(巻8-1517)


「味酒」は三輪にかかる枕詞。

二句目の「三輪乃社之」が別本には「三輪乃祝之」となっているものがある。堂本画伯は後者の本から染筆されたらしい。
歌意は、三輪神社で神職が奉仕しているその山照らすばかりに色づいた秋の黄葉が散ってしまおうとするのが惜しいというのである。


歌の作者は長屋王(ながやおう)。

高市皇子(たけちのみこ)の子で、母は御名部(みなべ)皇女(天智天皇皇女)。妻は吉備内親王(きびないしんのう)(草壁皇子(くさかべおうじ)の娘)。王は藤原不比等没後の左大臣だった。

しかし藤原氏の陰謀によって死を賜り、妻子もこれに殉ずという悲劇の人であった。

現在、夫妻のお墓が生駒郡平群町にある。

王の歌、集中に短歌五首、漢詩三篇(懐風藻(かいふうそう))がある。


ところで、最近廃業になった元奈良そごうデパート建設の時、事前調査による発掘で、「長屋親王宮・・・」としるす木簡等、約五万点近い木簡が出土した。(奈良文化財研究所発表)

広大な長屋王邸宅跡と判明、世間を賑わしたのも十数年前のことで、皆記憶に新しいところであろう。

 

染筆の堂本印象画伯は明治二十四年(一八九一)京都市生まれの日本画家。

昭和五十年(一九七五)九月五日没。八十三歳。大徳寺内書院襖絵(ふすまえ)、松戸絵など各寺院の壁画襖絵を多く制作された。著書に『画室随筆』その他がある。

つづくもう一基の歌碑は、「やまとは くにのまほろば たたなづく あおがき やまごもれる やまとし うるわし」との倭建命(やまとたけるのみこと)の歌を五線譜にのせた珍しい歌碑である。(歌については(69)参照)

染筆は作曲家の黛敏郎(まゆずみとしお)。

 

黛先生は、昭和四年(一九二九)二月二十日横浜市生れ、東京音楽学校(現東京芸大)卒、パリ留学帰国後、団伊玖麿(だんいくま)、芥川也寸志(やすし)らと「三人会」結成。

「涅槃(ねはん)交響曲」「曼陀羅(まんだら)交響曲」などの力作があり、国際的にも知名度の高い作曲家だった。また、中学で犬養孝先生の教えを受けられ、その後親しくしておられたというので、当市夏季大学の第十三回目に、お二人を講師にお招きしたことがある。

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