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万葉歌碑-歌碑の紹介(52)

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No.52

うかねらふ跡見山雪のいちしろく恋ひば妹が名人知らむかも

  • 歌の解釈:鳥見山に降り積もった白雪のように、はっきりと人目につくような恋の態度を示したら、人びとは私の恋人の名を知ってしまうだろうか。
  • 万葉集:巻10~2346
  • 所在:等弥神社境内上
  • 著者:作者未詳
  • 筆者:徳川宗敬

歌碑52の画像

歌碑ものがたり(その15)

(広報『わかざくら』平成12年1月15日号掲載)

  • 鳥見霊畤拝所の歌碑

西暦二千年に当る辰年があけました。

皇紀でいうと神武天皇が橿原宮で第一代天皇として、即位されてから二千六百六十年目の年明けとなる。

その後、数年しての即位大嘗祭に当るお祭りが、当市の鳥見山中霊畤でとり行われたのである。

 

等弥神社では『日本書紀』のその日を新暦に直して、毎年四月十三日に祭典を挙行して来たが、近年五月十三日に変更されていると聞く。
今回はこの意義ある「鳥見霊畤拝所」の万葉歌を紹介しよう。


「窺狙(うかねら)ふ跡見山(とみやま)雪のいちしろく恋ひば妹が名人知らむかも」(巻10-2346)


「窺狙ふ」は跡見にかかる枕詞。「跡見山雪の」は「いちしろく」を起す序詞である。
意味は、鳥見山につもっている雪のような目に立つ恋をしたならば、いとしい人の名をば人が知り出すであろうかなあ、というのである。
この歌碑は、昭和五十年五月十三日、鳥見霊畤保存会が建てた。伊勢神宮大宮司だった徳川宗敬書となっている。

 

  • 現地への参拝順路

多武峰行きの奈良交通バスで「神の森」下車、神社前を通り過ぎ10メートルほどで左折して小暗い道を東へ五分ぐらいゆき「神武天皇聖蹟鳥見山中霊畤顕彰碑」を拝むとよい。
そしてあとへ戻って神社入口の「申大孝」(みおやのおしえにしたがいしことをのぶ)と大書した自然石をみて、参道を少しゆき、左斜めに進むと賀茂百樹の歌碑にま向ふ。

「ここをしも鳥見のゆ庭ときくからに伏しこそをがめ天津大神 百樹」と刻む。百樹翁は昭和のはじめ靖国神社宮司だった方で昭和十年頃当社へ献詠されたものという(『桜井町史』)
さらに左側の石段を登って、稲荷社の鳥居をくぐり左右に山道を東北へゆききして十分ばかり上ったならば遥拝所につく。

 

歌碑は西面した矩形の2メートルの大きいものである。
ここの台地に立ち、国のはじめの磐余地域を眼下にして、わが国の夜明けの杳(はる)かな歴史を回想し、今年こそは輝かしい希望に満ちた年でありますよう祈念するによい機会ではなかろうか。

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